右往左往

日々右往左往している人の備忘録

『タワー』『スープとイデオロギー』『ディア ピョンヤン』感想

『タワー』

SFが好きだと自覚した一冊でした。

ペ・ミョンフンさんの『タワー』を、出版区の池澤春菜さん回で知り、読んでみたいなと思いながら翌日偶然図書館に行ったらあり、そのまま借りてきて面白すぎて1日で読み終わりました。これも無職だからできること……(そして来月からまた働きます)

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ビーンスタークという地上600階以上のタワー型国家を舞台にした短編小説集。

 

全然違う世界の話をある種ファンタジーのような気分で読んでいたのに突然ハッとさせられる。全然違う世界の話ではないのだと。

それは例えば、『タクラマカン配達事故』という3つ目の話のこと。青年ミンソはビーンスターク海軍下請の民間防衛会社のひとりとして、敵であるコスモマフィアの軍事拠点を爆撃、その帰路に対空ミサイルで迎撃され、砂漠の真ん中にひとり不時着する。

けれど、ビーンスターク海軍は当然助けに来ない。敵の領土に近づくあるいは侵犯するリスクと天秤にかけられ、あるいはかけられることもなかったのかもしれない。彼は海軍の人間ではないから。いざとなれば切り捨てられる外部の人間だから。

正規雇用の労働力を使い捨てのように扱う、今自分がいる社会でも見られる光景ではないか。

現実社会を抽象化し、それを別設定の社会に適応させただけなのだ。

他にも『自然礼賛』という章。埃(ここでは疑惑的な意味)が出るのを恐れ、社会批判をしなくなった小説家の気持ちは1mmも分からないとは言い切れなかた。

怒りや苦しみの感情に私は疲弊する。疲弊し、だんだんと擦り切れていくと、今度はその根源である社会で起きていることを見ないでおこうとしてしまう。何も言わない。何も行動しない。それが一番楽。

小説家の行動を肯定するわけではないけれど、自分自身にその面が1mmもないとは私は自信を持って言えない。

最終的に小説家は編集者の働きかけもあり、長年封じていた社会批判的な文章を書くところ。

その小説家の文章には以下のようにある。

死者が死の直前に見たものが絶望、憎悪、憤怒、悲しみに満ちたこの世であったとすれば、それは責任ある者全員の過ちだ。

これは今、まさに私自身に向けられている言葉だ。そして、私の周りの友人にも伝えたい言葉だ。

そして最後の『シャリーアにかなうもの』で、コスモマフィアへの強行的な爆撃の責任の所在追及を議会や議員に対して、チェ行政官が行うシーン。

その中には、今度こそビーンスタークが滅びるんだなという思いも含まれていた。(中略)質問に答えるべき人たちが質問者の座に隠れようとしたからである。責任をとるべき人々が責任を負わないことにした日。そのようにして審判の日が近づいた。

確かに議会は公式に決定していなかったけれど、そのように軍事力が動くよう圧力をかけていなかったのか。下が上の顔色を伺い、勝手に改ざんや不正をはたらくという構造は、ニュースでもよく耳にする。

 

池澤さんがyoutubeの中で、キム・チョヨプさんとの対談の中で「SFとは世界にifを投げ込むこと」と話したと言っていたけれど、ifを投げ込むことによって今の社会の構造や矛盾が皮肉にも浮かび上がる。その行為によって、私たちが当たり前だと思っていることが、その世界では異常なことであることがわかり、その世界で異常なことに人々が驚いたり批判的な反応をすればするほど、私はしめしめと思う。その皮肉さが私は好きなのかもしれない。

 

『スープとイデオロギー』『ディア ピョンヤン

ハン・ガンさんの『別れを告げない』の前に、済州島4.3事件のことを知りたいと思っていた時に偶然見つけた『スープとイデオロギー』。

娘であり、この映画の監督でもあるヨンヒさんが、『なぜ帰国事業で兄三人を北へと見送ったのかと長年両親を恨んでいた。けれど、両親が逃げる形で日本へやってくる契機となった済州島4.3事件のことを知れば知るほど責められなくなった』と泣きながら話すシーンが一番印象的だった。

私が今この時点から過去を見返した結果出す考えと、その歴史を経験してその中で出す考えは当然違うのだと。立っている立場や見えているものがが違えば、出す結論は違うということは頭ではわかっていたけれど、それは時間軸に関しても同じことが言えるのだと思った。

また、イデオロギーが異なるヨンヒさん、ヨンヒさんの夫、そしてヨンヒさんのお母さんが、ヨンヒさんのお母さんのレシピで作る参鶏湯をひとつのテーブルで食べるシーンは、イデオロギーの違いを認識しながらも一緒に生活はできるという強いメッセージになっていた。

『ディア ピョンヤン』は『スープとイデオロギー』の前に作られた映画なので、ヨンヒさん家族の経緯や帰国事業のことがより詳しく知ることができる映画。