右往左往

日々右往左往している人の備忘録

自分を喜ばせることって何だっけ

年末年始にかけて久しぶりに料理をした。
私のパートナーは料理が私よりも上手なので、我が家の料理の9割はパートナーが担っている。けれど、この年末に謎の風邪でパートナーが寝込んだので久しぶりにちゃんと料理をした。
ちゃんと料理をしたと書いたのは、日頃から1割は担当していたからだ。その1割というのはほとんどが朝ごはんで、朝ごはんはだいたい味噌汁とご飯ともしあれば卵焼きなどのプラスアルファくらいでメニューがほぼ決まっている。夜ご飯を作るとしてもだいたい丸美屋の麻婆春雨やケンミンの焼きビーフンなどセミレトルトを作ることが多い。
これは余談だけど、私が丸美屋の麻婆春雨が好きすぎるあまり、1袋(3人前)を作ると1人で食べ切ってしまう事件が多発したため、最近は1人前を把握しやすいケンミンの焼きビーフンにするように努めている。ちなみに、丸美屋の麻婆春雨を作る際は、好きすぎるので春雨を増量する。それでも尚、1人で食べ尽くしてしまうので本当にどうにかしている。
急なバトンタッチに最初は冷蔵庫の中身を把握する必要があり少しテンションが下がったものの、いざ久しぶりに始めてみると何を作ろうかなと考えている時から楽しい。但し、これは私たちの家に他者のケアを必要とする幼児や高齢者がいないからこんな呑気なことが言えるのである。以後、ずっとこの注意書きを心に留めて読み進めてほしい。
スーパーで美しくてらてらと輝く鰤の柵が半額で売られていたので、ずっと食べてみたかった鰤しゃぶにトライしてみたり、開きっぱなしだったタブの整理中に過去の自分が閲覧していたであろう土井善晴先生の里芋の煮浸しのレシピを発見したので里芋の調理に初挑戦してみたり。
その間に私が移動した距離は、自宅と最寄りスーパーの間およそ400m。そこからキッチンに立つだけで、こんなに新しい発見や楽しみがあることを久しぶりに思い出した。


私には料理というか食全般に全く興味がなかった時期が長くある。一種のネグレクトの表れだったと思う。そこから、コロナ禍に突入し、色々あって今考えると泣けてくるほどの低賃金で働いていた時期に身の回りで楽しめることを作り出さないと心が折れてしまうと思い、食への関心を恣意的に発生させた。(確かに低賃金だったけれど、当時の私を拾ってくれたその会社の人たちには感謝している。)
それから生活は変わり、ありがたいことに生活は楽になった。けれど、その分料理する時間も気力もなくなり、生活は荒れた。キャリア的に今は仕方ないかと思う気持ちもある。でも、朝ごはんを食べている時に涙が止まらなくなることが度々ある。
今のままでは健康的ではないし、持続性もない。


年末に桜林直子さんと雑談企画でお話ししてから、今の私は自分が喜ぶことが分かっていない、或いはそれができていないのかもしれないと思い始めた。人の定規で相撲していないか。自分のプールを満たせることって何だったっけ。以前は環境によって強制的にせざるを得なかったことが、忙しさに押し流される中でいつの間にかできなくなっていた。
以前の生活をしていた頃の自分にとっては、料理とエンタメが自分のプールを満たせることだった。今の私にとっての自分を満足させられることって何なんだろうと数日考えて、幸運なことに休暇期間中なので色々と自分で試してみた。結果、今の時点では自分を満足させられることはやっぱり料理(或いは生活)とエンタメだと思った。
キャリアのために多少我慢する必要は今後もあるかもしれない。でも100%全て手放したら自分の場合どうなってしまうかをこの数年何度か見てきたはずだ。
息を吸うように勉強できたり、趣味の延長線上で勉強できる人もいる。自分もそうなりたかったけど、数年試してみて分かったのは自分はそうじゃないということ。自己受容ができなかったのは、諦めたらそこで終わりだと思っていたから。
自分のことが受容できたら、では持続性を保ちながら自分を満足させられる生活を続けられるために何をしたら良いかを考えたほうが、よっぽど自分のためだとハッとした。